最高裁判決/ 設計事務所・施工業者にとって厳しい警鐘

 現在、この衝撃的な判決の影響を受け、日本不動産仲裁機構(ADR)に同様の相談事案が持ち込まれている。東京都下A市で12年前竣工された500戸の分譲マンションのタイル浮きの原因調査と不法行為による損害賠償請求である。この最高裁判決は、マンション管理組合・ビル経営者とって、当然建物管理上認識しておくべき事案である。いわゆる「別府マンション事件」とは次の様な概要である。

問題のマンションは、別府市にあり、鉄筋コンクリート9階建て(A棟)と3階建て(B棟)のマンションで平成2年2月に完成したものある。

このマンション2棟を同年5月に購入したAさんは、建物に多数のひび割れや鉄筋露出、構造上の瑕疵、バルコニー手すりのぐらつき、排水管の亀裂等が生じたので、平成8年に設計監理者に対しては不法行為責任、施工業者に対しては瑕疵担保責任と不法行為責任を求めて、総額6億4000万円の損害賠償請求訴訟を大分地裁に起こし。提訴から6年10ヶ月後の平成15年2月に大分地裁は、設計監理者と施工業者に瑕疵補修に要する費用や調査費用、慰謝料、弁護士費用合計7千4百万円の支払を命じる判決を言い渡した。事件は控訴され、舞台は福岡高裁に移った。福岡高裁は、控訴後1年10ヶ月後の平成16年12月に判決を言い渡したが、内容は瑕疵補修に要する費用700万円を認めただけで、実質、Aさんの敗訴といっていいものだった。

Aさんは出来上がった建物の購入者であり、請負契約上の発注者ではないので、瑕疵担保責任は認められない、また、不法行為責任は、瑕疵の内容が反社会性、反倫理性を帯びる場合や建物の存在が社会的に危険な状態である場合に限って認められるものであり、今回のひび割れ等の瑕疵は構造耐力上危険な状態とは認められないとして、原判決は取り消された。福岡高裁の判決は、不法行為が成立する範囲を建物の基礎や躯体等主要構造部に限定し、それが危険な状態でなければならないとしたうえに、購入者は契約の当事者ではないので原告としての資格がないと不法行為の範囲を非常に狭く解釈したものだった。

当然、原告側はこれを不満として最高裁に上告した。最高裁では平成19年7月9日、福岡高裁の判決を破棄して、つぎのような逆転判決を言い渡した。(以下判決文)

 

  1. 建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等さまざまな者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等の生命、身体または財産を危機にさらすことがないような安全性を備えていなければならない。
  2. 建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者は、建物の建築に当り、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的安全性が欠けることがないよう配慮すべき注意義務を負い、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に、建物としての基本的安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体または財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負う。
  3. 福岡高裁では、瑕疵ある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するためには違法性が強度であることが必要であるとしているが、例えば、主要構造部でないバルコニーの手すりの瑕疵であっても、これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという瑕疵があれば、その建物には基本的安全性を損なう瑕疵があるというべきである。福岡高裁の判断には民法709条の解釈を誤ったものである。
  4. 本件建物に、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるかどうか、ある場合は、それにより被ったXさんの損害があるか等さらに審理を尽くすため、本件を福岡高裁に差し戻すこととする。(以上判決文)

品確法の瑕疵担保責任は、主要構造部と雨水が浸入する部分について、新築住宅購入者に対してのみ10年間保証されているが、不法行為責任の時効は20年、瑕疵を知ってから3年であり、しかも、契約者だけでなく、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等建物利用者に訴訟をする資格を認めている画期的な判決だ。

構造耐力上主要部分でないバルコニーの手すりの瑕疵であってもこれによって生命や身体を危険にさらすものであれば不法行為が成立するとの最高裁の判決を高く評価するものである。

 日本不動産仲裁機構(ADR)で調停中の昭島市マンション外壁タイル剥離事案(H11年2月竣工)の原因調査結果、これらの事象が見受けられた。

 

  1. 躯体コンクリートと下地モルタルとの間の界面接着力不足
    躯体コンクリート面の表面清掃不足
    躯体コンクリート面への目粗し処理等の接着力強化処置不足
  2. 下地モルタルの塗り厚過大
  3. タイルと接着モルタルの叩き圧力不足
  4. 下地モルタル材料の使用方法(使用法・要領通り使用していたか?)
  5. 伸縮緩衝目地を適切に配置していない。

これらの施工不良により、債務不履行、瑕疵担保責任ないし近時の最高裁判決で判示された不法行為責任を問うことが可能と考えられる。この機会に次の法律が当事者にとり、どのような性質のもので、どのような意義を持つと考えられているのか等、考察してみる。

<売主に対して>

 ■債務不履行責任

・売買契約に基づき瑕疵の無い物を給付する義務を負っているのにもかかわらず、売買時に於いて瑕疵のある不動産を引き渡した。

 ■瑕疵担保責任(民法634条)

・仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。

 

<施工業者に対して>

■最高裁判決(通称別府マンション事件)判示された不法行為に基づく損害賠償請求。

 

 <品確法・他法令との関連について>

■品確法(住宅の品質確保の促進に関する法律)

 品確法では、瑕疵担保責任の特例として「構造耐力上主要な部分又は雨水の侵入を防止する部分」と限定して定めている。故に、今回の外壁タイルの剥離については、品確法により求償を求めていくのは難しいと思われる。

■建築基準法関連法令では、外壁タイルの剥離等に関する法的基準は定めておらず、建築基準法違反等には該当しないと思われる。

 

<挙証問題・時効について>

 契約書の瑕疵担保責任の条項は、民法の瑕疵担保責任の一般原則の特則(特別規定)に該当する。特則によって担保責任を免除したり、責任範囲を限定したり、時効期間を一般原則とは別に定めたりすることができる。もちろん、不法行為責任は、瑕疵担保責任とは別の法的原因に基づく責任であるので、瑕疵担保責任とは別個に請求することができる性質のものだ。 不法行為については故意や過失を損害賠償請求する側が立証する必要がある。一方, 瑕疵担保についてはその点が不要とされる。その結果,目的物に瑕疵がある場合それが相手方のせいで瑕疵ができたことについて立証する必要が不法行為の請求ではあるわけで, 一方, 瑕疵担保については不要になる。また、不法行為では賠償金を求めることはできるが、交換や修補などを求めることはできない。このように契約関係があって損害を受けた場合には、債務不履行と不法行為の両方が通常成立する。

 

なお、挙証責任では次の違いがある。

  • 不法行為   → 債権者に債務者の故意・過失を立証する責任がある。
  • 債務不履行 → 債務者の責に帰すべき事由は、債務者に立証する責任がある。

その他、損害賠償請求権の消滅時効で違いが見られる。

  • 債務不履行による損害賠償請求権 →債権成立の時から10年
  • 不法行為による損害賠償請求権 →損害及び加害者を知ってから3年、

又は発生から20年。(また、大阪地裁平成11年2月、瑕疵担保責任の期間制限の起算点について、単にクラックを発見した時点ではなく、弁護士の助言に基づいて専門業者に相談し、見積書の交付を受けた時としている。)

通常通常売主に対する瑕疵担保責任を問うのがノーマルだ。瑕疵担保責任を問う場合、この事案は、時効(10年)との兼ね合いがあり、不法行為責任を問うことになると思われる。

【売買の瑕疵担保責任】

売主に対する瑕疵担保責任がストレートな請求だ。

素朴に考えると,不動産の売買契約に不備が含まれていた。法律的には「隠れたる瑕疵」となる。その”不備(欠陥)”が容易には発見できない部分にあった,という場合は売主に責任が生じる。修繕する(費用を負担する)のが通常。欠陥の程度が大きくて修繕できない(費用が極端に多額になる)場合は契約自体を解除できる。

瑕疵担保責任以外の解決策【瑕疵ある建物建築→不法行為責任】

瑕疵ある建物建築を行った施工者等への不法行為に基づく損害賠償請求だ。

勿論,この建築施工業者に建築を注文したのは,買主(現在の居住者)ではない。

そこで,一般的な「契約責任」(瑕疵担保責任含む)については,発注者以外は請求できないことになる。しかし「不法行為責任」(民法709条)については,前提として何らかの契約関係が必要ということはない。そこで,直接は建築工事について関わりのない「施主から購入した者」も請求可能だ。

<建築施工業者の負う義務>

今回の事案は、建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務がなされてなく、建物に欠陥があったと思われる。つまり施工業者はこの「注意義務」に違反があったということなる。そこで,損害賠償を負担する義務が生じる。これらの根拠となる[最高裁判所第2小法廷平成17年(受)第702号損害賠償請求事件平成19年7月6日]は建築業界に警鐘をならす極めて重要な判例である。

 

(日住検 建築士委員会)